漫画と北国とわたし

ゴールデンカムイの考察だの感想だの聖地巡礼だのをつれづれと。本誌ネタバレ含みます。

【本誌ネタバレ】183話感想(後編:考察(ウイルクとキロランケ))

後半です。 

今回ウイルクの人間性がまた一つ明らかになりました。

ソフィアさんが登場する以前はウイルクのことを誰よりも知っていたのはキロランケで、アシリパさんに再三ウイルクの昔の話をしてきたわけですが、彼によればロシアの少数民族を救うためにロシアから日本に渡ってきたのに、結婚してからウイルクは変わってしまい、要は自分たちを裏切った、それがキロランケが語るウイルク像でした。

金塊の在り処も、それを運ぶ経路も、刺青の暗号も、すべてウイルクは一緒にきた仲間であるキロランケには内密で自分一人で実行しています。一緒に革命を目指してやってきたキロランケにとってはそれは裏切りと思えるのも無理からぬことです。 

…と、それを鵜呑みにしていたのでわたしは、ウイルクはアシリパさんのお母さんに出会って変わったんだな~アイヌの金塊だしアイヌに還そうとしてたんかな~用一郎みたいに人間にしてもらった、とかなのかな~なんて思っていた…んですが!思えばウイルクって金塊をどうしたかったのか全然語られてない。

 

ってのをふまえて、今回で考えがまた色々ウイルクへの見方が変わりましたって話、題して「ウイルク、実は変わってないんじゃないか説」ここでは語っていきます。

 

まず、名前ですが、ロシアでも名前「ウイルク」もアイヌの妻がつけてくれた「ホロケウオシコニ」も狼を意味する言葉だと今回明らかになりました。

で、ここで思ったのが、本当にウイルクが変わっていたとしたら、アシリパさんのお母さん、狼由来の名前なんかつけないんじゃないかと。アシリパ母も、ウイルクに狼の性質を見ていたからそんな名前を付けたのではないかと思いました。じゃあ何が変わったかって、ウイルクの考え方か、キロランケかどっちかなのかななんて思います。

 

まずウイルクの考え方が変わったパターン。

ウイルクが狼に惹かれた狼の性質「自分たちが生き残るための余分なやさしさが削ぎ落とされいる」。

わたしはこれにおける削ぎ落とされた対象がキロランケになってしまっただけなんじゃないかなと思い至りました。金塊を見つけて革命を実行する、それは変わっていない。だけど、そのための最短経路はキロランケがいては進めないと判断されたんじゃないかと。

キロちゃん語り記事で書きましたが、キロちゃんて優しさが随所に見られます。特に社会的弱者への同情が半端ない。それは七巻の競馬の話、そして赤毛に襲われた馬を見捨てられなかったこと、更にウイルタ族のアンマーを助けに行ったりする行動に如実に表れています。やさしい。多分キロちゃんて昔からそういうところがあったんだろうなと思います。ソフィアが長谷川さんの奥さんと子供を撃った時に、自分が撃った弾があたったかもしれないって慰めたりしていましたし。要するに甘い。冷酷になり切れない男なんだと思うんです。

ウイルクの言う「間違った情けや優しさは弱さにもなるんだ」において、キロちゃんは正に優しさ故に弱い存在になり得てしまうんだろうなと思います。だから切り捨てられてしまった。

多分ウイルクのやろうとしたことって、もっと深くてキロちゃんがやっていることの何倍も狡猾で合理的なんだろうなと思います。

 

次にキロランケが変わってしまった説。これに関しては根拠も何もないので正直語れないんですがその場合もあり得るかな~くらいで。アイヌとして生活している内に、元から甘かった性質がもっと甘くなっていたとかだったらそれはなんだか…悲しい。

でも、そうやって切り捨てられてしまったからこそアイヌ長たちを殺して冷酷な狼に近づこうとした、とか。でも結局狼にはなれなくて、遺品の持ち物に傷をつけたとかだったら、やばい。

画面が見えなくなってきたのでやめます。

 

まあそんな感じで、ウイルクはきっとずっと狼のままで、何一つ変わっていなかったんじゃないかな~というのが今回の本誌で思ったことでした。

ソフィアさんがキロちゃんに「よくもウイルクを」って言って殴ってましたが、それが何を意味するのかはわかりませんが、ソフィアさんはキロちゃんよりもウイルクを理解していたんじゃないかと思います。ソフィアさんの次なる言葉が待たれますね。 

 

で、更に色々思ったこと三つ。

・キロちゃんのマキリの傷、あれ自分でつけてたらどうします?アイヌ殺戮の犯人がキロちゃんだったとして、他のアイヌを殺すことでアイヌである自分「キロランケ」も殺していたらと思うと…つらい(妄想です)

そもそもアイヌ殺戮、12巻でアシリパさんに問いただされた時否定していないんですよね。「俺が?なんだよいきなり…」って。あとはなんかうやむやになったし。

キロちゃん、どこまでどこまでなのだろうか。

今回、ウイルクの人間性が名前から紐解かれたっていうのがあったのですが、そもそも、ウイルクってなんで名前一つでずっときてて、キロちゃんはユルバルスとキロランケって二つ名前あるの?と思っていたのです。それはそれぞれの名前で、キャラクターを使い分けているからなのかなと思いました。だからアイヌのコタンで暮らしていた「キロランケ」と革命家「ユルバルス」は違うと明確に線引きされているのだと思ったのです。

だからウイルクは対外的には名前が一つだから、一貫してウイルクだったのかな~と。 

そしてまた、名前から多くのことが考えられたわけですが、やっぱりゴールデンカムイって名前が重要な要素ですよね。漢字の意味も、数字も、二つ名も、なんらかのメタファーなんだろうなと確信した次第でした。

 

・尾形はきっとウイルクに近い人間だと思います。なんとなく!

・そして鯉登パパもウイルクのことをキロランケより理解している可能性がありますね。キロランケがわからなかったウイルクの心を鯉登パパは理解していた。

そうなってくるとキロランケが心情的にいかにウイルクから遠いところにいたのか、その距離がなんだかわかってきそうですね。

結局キロランケはウイルクのことは理解できない人種だと思うのでした。革命を遂行するにはきっと優しすぎる。

あと多分そうやって甘いから鶴見中尉にも相手にされてな…やめましょう!

 

・最後に、なんとなく刺青人皮、24枚もいらないんじゃない?必要なのは8枚くらいじゃない?なんて思いました。てか24枚もないとか。わからないですけど。

 

 というわけで、おわります!!